高市早苗元総務大臣に対する国会での質疑応答を聞いていて、思い出したのは1986年頃、大学の刑法ゼミで話を聞いたソ連の現職検察官のことだ。私のゼミの教授だった中山研一教授は、刑法が専門だったが、ソ連法とポーランド法の専門家でもあり、ロシア語も堪能だったので、ある時、ソ連の現職検察官がゼミにやってきて、話を聞いたことがあった。
1986年と言えば、すでにゴルバチョフ書記長が登場してペレストロイカが始まっていた頃だった。だから、さぞソ連の空気も変わったのだろうなと思ったら、そうではなかった。来日したロシア人の検察官は、たとえば作家のソルジェニーツィンは「社会主義の敵であり、今でもけしからん」と言うのだった。私はその時はまだ、ソルジェニーツィンの小説を読んだことがなかったので何とも判断がつかなかった。しかし、あれから10数年後に『イワン・デニーソヴィチの一日』を読むと、素晴らしい文学だと思った。少なくとも自分が体験したことを生き生きと描いているし、そこにはプロパガンダで国を貶めよう、という動機はないと私には感じられた。むしろ、作者が抱いていたのは、真実を記したい、という動機だっただろう。
「社会主義の敵」と検察官が判断する、というのは国家が思想や文学の検閲をする、ということである。問題はそれが真実であったとしても、国の目指す政治体制に反するならば、国民には見せてはならないとする思想なのである。
私は安倍政権が目指している先にはソ連に似た国があるだろうと、2013年頃から何度も書いてきた。それはこの80年代半ばの記憶があるからだ。安倍首相のもとで働いてきた高市早苗氏にも、ソ連の検察官的な感性が私には強く感じられるのだ。新自由主義とソ連と同じように国民を監視する反民主的かつ抑圧的な政治体制とが安倍政権では緊密に結びついていた。メディアへの恫喝もその1つである。また共謀罪法案もその1つである。そして、特定秘密保護法で官僚への調査追及を難しくした。内閣人事局の設立で、官僚たちの首根っこを締めあげた。平和に発展してきた戦後の昭和時代のおおらかな空気は一瞬に凍結した。仕上げは改憲による国民主権なき、軍国主義国家だっただろう。
放送法解釈の突然の変更された経緯に関する論議が国会で行われているが、問題の本質は個々の番組における政党間の「バランス」の是非というよりも、むしろ、メディアに真実を報道させない内閣による思想・表現の統制にこそあると思う。メディアで番組を作る時、重要なことはテーマに沿ってより深堀していくことにあり、政党間のバランスなどというものは外形的なことに過ぎないからだ。バランスという概念で、真実の追及を阻害しているのが、安倍政権の放送行政への介入の本質なのである。そして、政権党の政治が批判精神をもって記者たちやディレクターたちから客観的に研究され追及されるのは当たり前のことである。メディアには政府のスローガンと実態を見極める職務があるからだ。これはバランスなどとはなじまないものなのである。
安倍政権時代には、外国の情報でも、NHKなどのメディア統制を通して、国民に見せてよいものと悪いものとを峻別するようになった。とくに2015年から2016年にかけて圧力が一段と増したように記憶している。これは長崎の出島のようなものである。このように情報をぎゅっと絞って国民に世界の先端の情報が届かなくなれば、世界の流れから日本人が取り残されていくのは当たり前のことである。日本人にとって最良の教訓が、ソ連が崩壊した、ということである。経済でもテクノロジーでも、米国に追いつくことができなくなったのだ。したがって、私が大学時代に勉強したソ連法も、もはやその法律の国そのものがなくなってしまった。
■安倍政権と旧ソ連とアメリカ 日本にソ連型を導入した異色の自民党政治家
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