今、日本でマスメディアが多くの人に批判されているのは、そのコンテンツが年々劣化していることが誰の目にも明らかになりつつあるからでしょう。今日、日本のマスメディアの役割は、政治権力が国民の思想を管理するための監視装置(世論調査・世相の声)であると同時に、洗脳装置でもあり、選挙の際に有権者を誘導する装置でもあります。こんなことを書くと、極論のように思われるでしょうが、すでにフランスでは20年も前からTVを見ない人が増えていました。私の知人の多くもTVを見ないだけでなく、受像機自体家に置いていない人が大半です。
私はTVの世界で働いてきたので、実はそれは悲しいことでした。ある時、画廊主をしているパリのフランス人の女友達になぜTVがいけないのか、と聞いてみました。するとー
「TVはイデオロギーの装置だから」
こんな答えが返ってきました。イデオロギーの装置とは、電波を発信する側が、受信者に向けて、一定の思想や主張を吹き込むということです。フランスのTV産業は、民放の場合、その大半が産業グループを束ねる大富豪が所有しています。したがって、当然ながら産業側のイデオロギーの装置となってしまうのです。消費主義を煽るCMだけじゃなく、文化的番組からニュースまですべてそうです。
その人は子育てしている時、時にはホテルや他人の家などでTVを見る機会があると、子供に番組を見た後で対話をしてきたそうです。番組で何が語られなかったのか、ということを親が補足して伝えていたのです。補足なしで、子供にはTV番組はそのままでは見せられない、というのです。
私はフランスの世相を知るために、インターネットでフランスのTV番組を時々視聴しています。いろんな人が出てくるので、フランス語を学ぶという点からしても有益だと思っているのですが、多分、全部のチャンネルを視聴しているわけではないのでそう言えるのかもしれません。さらに言えば、フランスではかなり多くのインターネットメディアがあり、数十万人の登録者を持つ報道系のYouTubeチャンネルもいくつかあります。日本の報道系のインターネット番組の大半はインタビューですが、フランスでは現地をレポーターが取材に行く調査報道的なネット番組※もいくつもあります。その意味では、マスメディアの問題を人々が知っていたからこそ、このようなメディアのシフトが一段速く進んでいるように感じます。理不尽な支配や待遇を拒み、ストライキを辞さないフランス人たちがイデオロギーの機械をそのまま受け入れることはないのです。
※blast (ネット番組)登録者83万人(2023年8月現在)
https://www.youtube.com/watch?v=Zsq0nPkE57k ※Partager C'est Sympa 登録者30万人
https://www.youtube.com/watch?v=LMJK2YZEa4M ※LeHuffPost ハフィントンポスト仏版動画サイト登録者119万人
https://www.youtube.com/watch?v=iyDliyQ5leg
さらに言えば、フランスの場合、マスメディアに代わるものは人々の集会やデモでしょう。そこではシュプレヒコールとか、政治家の演説を人々が黙って聞くような退屈なスタイルではなくて、いろんな人々が時には飲み食いもしつつ討論をしているわけです。日本では暴動ぶりしか報道されなかった「黄色いベスト」でも、実際にはロータリーに週末に集まってみんなで会話し、会食していたのです。そこで情報も交換します。実は、フランス革命の直前の時期においても、未だ身分制社会でありながら、野外食堂などで週末に市民とブルジョアと農民が職業の違いを越えて話に耳を傾けていたのです。それが新聞の代わりでした。それは圧倒的多数を占めた農民たちにとっては楽しいひと時だったとされます。「黄色いベスト」の前の、2016年の市民討論運動「立ち上がる夜」では、政治変革の問題だけでなく、メディアをどう変革するかが真剣に話し合われていたことを思い出しますが、それは歴史を見ると、ずっとそのテーマをフランス人が意識してきたことがうかがえます。そして、今発展しているインターネットのニュース番組に多大な影響を与えたと思われます。実際に「立ち上がる夜」の参加者が立ち上げたニュース番組チャンネルもあるのです。大企業が金を出すメディアに信頼はまったくおけない、というのです。
以下はLFIのウェブサイトニュース(L'insoumission=「不服従」)ですが、フランスのメディアは9人の大富豪に90%が支配されているとして、こうしたメディア支配の状況を変えるための新法案を書いたことを伝えています。新法案は同党のクレマンティーヌ・オーテイン議員から提出されました。文字化けを防ぐために、フランス語特有のアクセント記号などは英語のアルファベット化していますので、お許しください。
〇「不服従」による大富豪・大富豪一族と傘下のメディア
Bernard Arnault/ベルナール・アルノー (Les Echos, Le Parisien, Challenges), Vincent Bollore/ヴァンサン・ボロレ (Canal +, CNEWS, C8), Patrick Drahi/パトリック・ドライ (RMC-BFMTV, L’Express et en partie Liberation), Xavier Niel/グザビエ・ニエル (en partie Le Monde, l’Obs, Telerama, Courrier International, Nice-matin), Francois Pinault/フランソワ・ピノー(Le Point), la famille Dassault/ダッソー一族 (Le Figaro), la famille Mohn/ モン一族(M6, RTL, Gala), Arnault Lagardere /アルノー・ラガルデール(Europe 1, Paris Match, Journal Du Dimanche) Martin Bouygues /マルタン・ブイグ(TF1, LCI, TMC).
■社会党にかわって新たな野党連合の基軸になった「服従しないフランス」(LFI)の22歳の注目議員
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202212130108292
■「服従しないフランス」(LFI)が大富豪のメディア支配を終焉させるための新法案を提出
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202211182112545
■TVの討論番組に正統性はあるか? 財界が金を出す政治ショーではないか
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202211202034570
■21世紀の植民地主義 〜自国を植民地にして敗者から収奪する〜その1
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202304160339170
■どうやって権力者を怖がらせるか? 〜暴君が生まれるのは人々が跪くから〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202307140824275
■7月9日の新聞朝刊の金太郎飴的見出しはなぜ?
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202208122142455
■大企業の経営者目線の朝日新聞の経済記事
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201912191449554
■改憲報道 真に注視すべきは緊急事態条項
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201706211004353
■ワイマール憲法とナチス党の憲法観を両論併記するか?
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201703151518323
■空気を醸成するメディアの選挙報道 フランスと日本
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201707021356000
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