今年亡くなった作家のミラン・クンデラは『存在の耐えられない軽さ』や『冗談』などの小説から創作論、文学論まで様々な本が邦訳されており、何よりも読んで面白い作家だった。たぶん、そのように感じている読者は多いだろうと思う。しかし、クンデラについて、もっと詳しく理解しようと思うと、きっともっと読んだり、研究する必要があるに違いない。クンデラはまず、チェコスロバキアで1968年に起きた、いわゆる「プラハの春」に作家としてコミットしたことで、のちにフランスに亡命することになった。書籍も祖国では発禁処分となっていた。プラハの春は、当時、ソ連の衛星国だったチェコスロバキアが「人間の顔をした社会主義」を求めたとして知られる。検閲の廃止や表現の自由といった改革を実行したのだった。しかし、それはソ連軍の侵攻で抑圧された。次第に反動化した祖国で生きづらくなったクンデラはフランスに渡ってその後は生きていくことになった。『存在の耐えられない軽さ』はあの時代が刻印された文学である。
それから後になって、私は一見、無謀のようだが、「プラハの春」は2009年に日本で起きた鳩山首相の民主党政権とだぶって見えてしまうのだ。鳩山首相は〜ドゥプチェク第一書記に相当するのだが〜沖縄からの米軍普天間飛行場の県外移設などを公約にして民主党を圧倒的な勝利に導いた。ところが米国に忠誠を誓う日本の外務官僚などの妨害で公約が果たせなくなり、1年で辞職を余儀なくされた。そして、民主党政権は急速に右傾化して行き、2009年の選挙公約を次々と覆して有権者の信頼を失って、その後、民主党とその後継政党は一度も選挙で勝利できなくなった。鳩山首相時代に民主党が体現していた政治は、「人間の顔をした資本主義」というものだろう。鳩山政権は貧富の格差の拡大する政治にメスを入れようとしていた。それでも、まだあの頃は、資本主義はもともと「人間の顔」をしているものだと多くの人は思い込んでいた。だが、それは幻想だった。しかし、歴史を見れば明らかだった。直近の歴史を振り返るだけでも、アメリカのシカゴ学派によって新自由主義の実験場にされたチリの苦い歴史がある。
鳩山氏が首相だった2009年9月16日から2010年6月8日までが、日本の「プラハの春」だったと私には思えて仕方がない。その後、安倍政権が歴代最長政権となり、強権的政治を行い、その後継政権が今も続いて米政権と蜜月にある。日本バージョンの「プラハの春」における抑圧者「ソ連」にあたるのは、言うまでもなく米国である。米国のオバマ大統領は安倍首相に憲法改正へのゴーサインを送った。現在の米大統領はオバマの弟子にあたるバイデンである。年齢はオバマの方がはるかに若いが、柔軟なバイデンはオバマから勝てる演説方法を学んだ。歴代最長を誇る安倍政権は安倍首相や自民党や電通や旧統一教会だけの力で維持できたのだろうか?その背後に最も重要なプレイヤーが潜んでいなかっただろうか。アベノミクスが鳴り物入りで始まった時、金箔をつけるために米国の一線の経済学者たちが応援のために動員されたことを想起するだけでもよい。チェコスロバキアは冷戦終結まで21年間、ポスト「プラハの春」を味わった。もし、日本で置き換えるなら2010年から21年後は2031年である。もし、そのように鏡の裏表の関係にあると考えたなら、クンデラの作品の読み方も遠い国の他人事ではなくなるに違いない。
※2009年に民主党政権が誕生した時は、記者クラブにも風穴が開き、日本における報道に自由が訪れたと多くの人が思った。
■瀬川正仁著「アジアの辺境に学ぶ幸福の質」(亜紀書房)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201207081848510
■テレビ制作者シリーズ3 再生の希望を辺境に見る、瀬川正仁ディレクター
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200909051334506
■テレビ制作者シリーズ13 中国庶民の生を伝える島直紀ディレクター
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201007052240121
■テレビ制作者シリーズ11 「報道のお春」吉永春子ディレクター
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201004081911144
■【テレビ制作者シリーズ】(8) 反戦に意志を貫く個を描く、林雅行さん
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200911011100010
■【テレビ制作者シリーズ】(1) アフガニスタンの大地と水と人の物語を撮る谷津賢二プロデューサー(日本電波ニュース社)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200908181203162
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