新聞の発行部数の統計データを見ていると、過去20年来、激しく減少し続け、その減り方も加速しつつあるようだ。そして単純にこのままいけば10数年後には新聞は消滅する、という勢いである。仮に政府の広告で生き延びたとしても、それはもはや自立した新聞ではない。まさに政府広報でしかない。
それを考えれば、これから10年間に新聞界は大きな変化の波が押し寄せるのではないかと想像される。そうならないと新聞界は存続できないし、またそれは新聞業界の問題だけでなく、日本国の存亡にも直結することになる。というのは、情報なき国民は破滅の運命を避けられないだろうからだ。1945年を振り返れば、当時は日本国民は玉砕することまでうたわれていた。そして、新聞は大本営発表ばかりで、今日のメジャー新聞が1日、1日とそれに近づいている。
新聞業界が崩壊しつつある理由には、複数あるだろうが、まずデジタル化する世界※に対応できなくなり、高度経済成長時代のビジネスモデルで経費が高くつく構造になっていることが挙げられるだろう。社員全員を食わせていくために、政府の広告費を当てにしてジャーナリズムの真価を失ってしまったとあっては、本末転倒である。その意味で、新しい新聞はおそらく従業員が少なく、記者も津々浦々の警察署などに張り付いたりするのは不可能となるだろう。事件や問題や新しい現象が起きたら、遊軍記者のように駆けつけて記事を書く、という形式がメインになるしかないと私は思う。
フランスで最も先鋭な新聞である週1回発行の紙媒体カナール・アンシェネ紙は私が以前聞いたところでは記者・編集者併せて確か16人だった。2017年の大統領選で本命馬だったフランソワ・フィヨンのスキャンダルを暴いて失脚させ、フランス政治史を塗り替えたと言って過言ではない。この新聞は政府のスキャンダルを数々暴いてきたフランス版「文春砲」と言うべき、凄腕のメディアである。
また、ルモンド紙の編集者が独立して作った調査報道が売りのウェブ新聞Mediapartも少数精鋭だが、これまですさまじい活躍をしてきた。サルコジ大統領訴追のきっかけとなった2007年の大統領選の選挙資金の不正に関するスクープもMediapartである。Mediapartは2020年の財務報告では、約21万人のサブスクライバーを抱え、1年で売り上げは22%増加した。総スタッフは118人で、外部のフリーランスの寄稿者などが175人いる。ウェブ媒体であることを活かして、頻繁にインタビューや討論も動画で流している。これはもう新聞を越えた総合ウェブ媒体だろう。大統領選挙前にはマクロンの1時間を超えるインタビューも行っていた。朝日新聞社が4000人近い従業員を抱えているのと対比的に、Mediapartは従業員にさらにフリーランスを含めても総勢、せいぜい300人程度である。実は、フランスの大手メディアはほとんど例外なく大企業の傘下に、もっと言えば大富豪の所有物と言って過言ではない。そんな中で、これらの媒体は少数精鋭で風穴を開けたのだ。
読者数も、デジタル新聞だとして10万から50万人くらいの規模で良いのではなかろうか。ただし、新聞がジャーナリズムであり続けるためには、識者へのインタビューだけで甘んじてはいけない。常に現場に誰かが行く必要があるのだ。知を作る主体に記者と編集者がならなくては、収益性が乏しい産業に留まるしかない。今、日本に現存するウェブ媒体はまだその力が圧倒的に弱いと私は思う。それは鶏が先か、卵が先かという問題だが、つまりは、収益性が未だ乏しいからだろう。メディアの切り抜きと識者のコメントだけでは、付加価値が低い産業でしかない。しかし、情報は世界の死命を決する価値があるのだから、必ず成功する新しい新聞社が現れると私は思う。そして、ウェブ媒体同志の中でも熾烈な競争と淘汰があるに違いない。
コンパクトな新聞になれば、経費はずっと下がるだろうし、経営が楽になれば政府に依存する必要もなくなり、誰に忖度することもなく記事が書けるようになる。先述のフランスのウェブ新聞Mediapartも一切、広告なし、国の補助金なし、株主なしを実践し、誰に忖度する必要もなく記事が書けているのだ。というのも創刊者の一人、エドウィ・プレネルがルモンド紙を退いて、新しい新聞を作る決意をしたのも、既存の新聞が企業や富裕層などに支配されていたからだ。彼自身も越境した編集者である。だからこそ、新聞が外部の権力者や大企業に支配される恐ろしさを身をもって知っており、その信念がMediapartの経営方針に如実に示された。したがって、こうした新しい新聞は既存の大新聞社で思うように記事が書けなくなっている記者や編集者たちをスカウトすることができる。たとえ新聞業界が没落してはいても、優れた記者、ジャーナリズムの理想を貫きたいと思っている人々は少なからず潜在しているはずだ。これらの越境する記者・編集者たちと異分野から参入する記者、さらに若者たちが、きっと新しい新聞文化を形成していくのだ。腐りきった日本を再生するのは彼らであろう。これは、1950年代にスタートしたTVメディアの生成期に少し似ている。こうした変化がこの先、10年間に起きるだろうといささか楽観的に私は考えている。真実が書けるのが新聞であり、新聞は政府や企業の広報とは別のものである。
※NYT有料購読者988万人〜デジタル3カ月で18万人増〜 (中国新聞)
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/344631
※フランスの「メディアパルト」(Mediapart)の有料講読を始めました 共同創刊者・編集長のエドウィ・プレネル氏からの手紙
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202209170751586 「メディアパルトは2008年に創刊されて以来、いかなる妥協も存在しない独立メディアとしてモデルを作り、メディアの世界の中で例外的な存在となったのです。 ・広告ゼロ ・国家による援助ゼロ ・グーグルからもフェイスブックからも補助金ゼロ ・株主ゼロ」
※エドウィ・プレネル氏(共同創刊者)によるMediapartの財務報告(2020)
https://blogs.mediapart.fr/edwy-plenel/blog/170321/mediapart-2020-our-results-and-figures-detail 2008年に立ち上げて2020年に約21万人のサブスクライバー。1年で売り上げは22%増加。スタッフは118人で、外部のフリーランスの寄稿者などが175人である。
●ちなみに朝日新聞の従業員は3,939名 (男性3,128人、女性811人) 2023年4月現在、とある。男女比はおよそ4:1である。これで国会にパリテを要求できるだろうか。
https://www.asahi.com/corporate/guide/outline/11208885
※エドウィ・プレネル氏のインタビュー(コンビニニュース)
https://www.youtube.com/watch?v=kIFpfDvULis 現在22万5千のサブスクライバーがいるが、最初に5000人でスタートした頃は非常に努力した、と語っている。ベタンクール事件(サルコジの選挙資金不正疑惑)をスクープしたことで、サブスクライバーが一気に増え、利益が出る媒体になったと言う。実はプレネル氏はもともとルモンド氏で数々のスクープで知られた調査報道の第一人者だったのだ。
■マスメディアは自社の幹部が寿司屋で首相と何をやっているのか、まずそれを書くことから
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201702171035105
■テレビ制作者シリーズ11 「報道のお春」吉永春子ディレクター 村上良太
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201004081911144
■軍産複合体とマスメディア 戦争のスポンサーにもなるのだろうか。
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202308061848570
■「第三の敗戦」 報道のグローバル化がNHKの怠惰を埋めるかもしれない
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202303071529362
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