東京新聞2023年10月22日の特集で[一度に出せるのは「耳かき1杯」。福島第一原発のデブリ取り出しが準備段階で直面する「想定外」]という記事があった。(注1)現在の取り出しは2号機で試みられているが、格納容器につながる開口部からロボットアームを入れて先端のブラシのようなものでデブリを掻き出すという。2023年度後半に数グラムの取り出しを目標としている。デブリの総量は880トン(注2)あると推定されており、全体の取出しは絶望的である。
ところがアームを入れるどころか、まず扉が開かないトラブルに遭遇し扉を壊して開けるのに4か月かかった。扉を開けても、開口部が溶けた雑物で詰まっていてアームが通らない可能性もあり、その道を開けるのにまた時間がかかるかもしれないという。 これらはすべて強烈な放射線環境での作業であり、遮へいしながらの作業にしても、手間取るたびに作業員の被ばくが累積する。この点だけを考えても、デブリ取り出しは正気の沙汰ではない。
デブリとは要するに使用済み燃料が溶けた状態で、雑物と混じって形が変わっているが、放射性物質としては同じ量が残っている。 使用済み燃料をプールで水に漬けて保管するのは、放射線の遮へいと冷却が同時にできるという都合のよい水の性質を利用したものだ。しかし空気中に出てしまうと、強烈な放射線で人間がそばにも寄れない。
福島第一原発事故のとき、3月16日午後から3号機の使用済燃料 プールの水位が低下して燃料棒が露出するおそれがあり、現場と東電本店のテレビ会議の時に、本店が不用意な対策を指示したのに対して吉田所長が「周りで我々見てんだぜ。それでお前、爆発したらまた死んじゃうんだぜ」と激怒していたのはそのことである。
福島第一原発事故の発生当初に炉内およびプールに存在していた燃料の状態と、その後の時間経過による変化は日本原子力研究開発機構(JAEA)によって推定されている。(注3) これから推定すると、たとえば2号機のセシウム137だけでも、約10年後で約2×10の17乗(漢字表記では10京)ベクレルという途方もない放射能が残留している。
取り出したデブリはもちろん人間が直接触れないので遮へい容器 入れるが、不安定なロボットアームによる操作だから、容器をひっくり返してデブリが空気中に露出などという事故も十分に予想される。 デブリは放射性核種だけでなく雑物が不規則に混じっているため「耳かき1杯」といってもその中でどれだけが正味の放射性核種か推定しようがないのでごく概略になるが、かりにデブリを1グラム取り出したとして、それが空気中に露出すれば致死的な被ばくに相当する。
ロボットアームは、三菱重工や英国企業が参加する国際廃炉研究 開発機構(IRID)という組織が開発し、国の補助金が投入されている。こうした企業は、廃炉そのものには責任を問われないし、無駄なことをやればやるほど金になる。もちろんその裏では作業員の被ばくが累積してゆく。 こんなことをしていてなお「原発はコストが安い」などと主張する者は、まともな常識すら失われているのだろう。 (環境経済研究所代表)
(注1)東京新聞[一度に出せるのは「耳かき1杯」…福島第一原発のデブリ取り出しが準備段階で直面する「想定外」]
https://www.tokyo-np.co.jp/article/285173 (注2)経済産業省「福島第一原子力発電所−廃炉と未来」ウェブサイト
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/images/HAIROMIRAI.pdf
(注3)報告書と付属データ 日本原子力研究開発機構「福島第一原子力発電所の燃料組成評価」
https://jopss.jaea.go.jp/search/servlet/search?5036485
|